独裁者が語る赤頭巾ちゃん


アメリカの文筆家でコラムニスト、ハリー・アーヴィング・フィリップスの手によるユーモラスな作品です。

この物語は、真実なのか?それともタイトル通り、独裁者が語っているフェイク(ウソ)なのか?という2つの解釈が出来ますが・・・

どちらにしろバカバカしくて大爆笑です。
ワークショップ・養成所などでの、朗読のレッスン教材にどうぞ。全文掲載しております。
独裁者が語る赤頭巾ちゃん (1940年)
H.I.フィリップス

むかしむかしあるところに覇気のない、弱い狼がおりました。優しくて親切で純真な心の持ち主でした。皆を愛していたので、あたりを見回して、ぺてんやわがまま、争いや裏切り、悪知恵などが野放しになっているのを知ると、とても悲しく思うのでした。この狼の望みはひとりにしておいてもらうことでした。

さて、森の外れにある家に、赤頭巾ちゃんという名前を使っている小さな女の子がいました。(明らかに偽名です) その子はスパイで、下劣な挑発者であり、資本主義の利益追求の手先だったのです。赤頭巾ちゃんを一目見ただけで、さまざまな陰謀を企んでいることは誰にでもわかりました。金色の巻き毛はさもしい意図を匂わせておりましたし、その頬はどんなにバラ色をしていてもその暴君ぶりを表していました。

呑気な傍観者にとって、おそらく、赤頭巾ちゃんは可愛い小さな10歳の子どもにしか見えないかも知れませんが、それは表面的な人物分析にすぎないのです。ゆめゆめこの子を信じてはいけません。この子はガラガラ蛇であり、まむしであり、帝国主義者なのです。そしてたまらないことに、この子は平和とか より良い世界の秩序とかに関心を持っていなかったのです。

赤頭巾ちゃんには、三キロばかり離れた所に住むおばあさんがいました。このばあさんも実にくだらない奴です。
狼たちはおばあさんが嫌いで、どこにも招待したことはありませんでした。

ある日、哀れで弱い無力な狼が、元気をつけようとアスピリンと強壮剤を飲んで、ちょっとした散歩に出掛けたことがあります。

この狼は歩いているとき、いろいろな事を考えるのが好きでした。世の中の不幸を思案したり、それをなくす方法や、皆を幸福にし、自立させる方法を考えたりするのが好きでした。これを考えるには集中力がいりました。それで、懸命に考えておりますと狼は夢中になって、自分がなにをしているのかわからなくなるのです。狼は突然、いつの間にか、なんと、おばあさんの家に来ていることに気づきました。しかも寝室の中に。

狼は知らないうちに扉を蹴破っていたのです。

おばあさんはとても驚いて、たずねました。「これはどういうことなの?」
「侵略を止めさせたいのだ」と狼は説明しました。逃げ口上を言うのが嫌いでしたから。

このばあさんが侵略者であることは間違いない。
それで狼は、おばあさんを食べたのです。
やられる前にやっつけたのです。

それから狼は玄関に響く足音を聞きました。このころまでには、狼はひどく怯えていました。今朝はなんとおそろしい目にあうことか。
突然 扉をたたくかすかな音が聞こえました。狼は、さらに迫害を受けなければならないことをすぐさま悟ったのです。
「どなた?」とたずねました。
「赤頭巾ちゃんよ」と子どもの声が返ってきました。
狼は今、全てが分かったのです。やつらに包囲されてるんだ!

そこでおばあさんの寝間着を着て、ナイト・キャップをかぶり、もっといろいろ考えようとベッドに飛び込みました。ベッドの中で考え事をするのが好きでした。森を散歩しながら考えるのに次いでベッドの中で考えるのが好きだったのです。

「上にあがっておいで」と狼は赤頭巾ちゃんに叫びました。歯は恐ろしさと不安でカチカチ鳴っています。
赤頭巾ちゃんは階段を上がりはじめました。そして、ああ、可哀想な狼にとってそれは何と苦しい試練だったでしょう。なかなか上まであがって来ないように思えました。「ドスン、ドスン、ドスン!」と一段ごとに足音が聞こえてきたのです。「ドスン、ドスン、ドスン」
狼はぞっとしましたが、ありったけの勇気を奮い起こして、待ちました。

とうとう赤頭巾ちゃんは大股で歩いて寝室に入って来ました。とても横柄で、傲慢で威張った様子です。
狼は赤頭巾ちゃんが食べ物のはいった大きなバスケットを下に置く間、じっと見ていました。「毒入りの食べ物だ」と思いました。狼は馬鹿ではありません。世事に通じておりました。

「おいしいお菓子を持ってきたわ、おばあちゃん」と赤頭巾ちゃんは、民主国家などその気になれば騙せるといわんばかりの微笑みをうかべて言いましたが、狼は感じ入りませんでした。その類の笑いを狼は知っていたのです。ニュース映画で国際的な銀行家たちの写真を見ておりましたから。そして、自分がかつてない危険にさらされていることに気づきました。

「私は今、食べたくないよ、あとにするよ」と狼は言いました。もちろん、ただちょっと時間かせぎをしていたのです。その間も赤頭巾ちゃんを、足のつまさきから頭のてっぺんまでざっと見ていました。「きて、ベッドのここにお座り」

赤頭巾ちゃんはその誘いに飛びつきました。狼は今やパニック状態です。未だかつてこのような危険に出会ったことはありませんでした。

「まあ、おばあちゃん、なんて大きな目なの!」赤頭巾ちゃんはすぐに大声で言いました。
「おまえをよく見るためだよ」
「それにおばあちゃん、なんておおきな口なの!」

狼は自分でもその大きな口を嫌っていました。そこで、「おまえにキスするためだよ」とごまかしました。

「それにおばあちゃん、なんて大きな歯なの!」と赤頭巾ちゃんは言いました。これではあんまりではありませんか。人身攻撃をしすぎています。実際、この子のお陰で狼の忍耐力も尽きかかっているのです。そして狼が辛抱できないことを強いてあげれば、忍耐力が尽きてしまうことでした。

「ああ、時間かせぎをするのは止めにしよう!」と狼は叫びました。ぺてんやごまかしは、どんなものでも もういやだと思ったのです。「私はあんたのばあさんじゃない。狼だ。善良な狼だ。思いやりのある友好的な狼だ。だれとも面倒は起こしたくない。それなのに どういうことが起こると思う?まず、ばあさんが私を待ち伏せして襲う・・・・、そして今度はあんたが私の逃げ道を断とうとする!」

「おばあちゃんはどうなったの?」といつも厄介の種を探している赤頭巾ちゃんがたずねました。
「私はあんたがその質問を私にする妥当性に疑問を持つ」と狼は言いました。狼は国際法にはちょっとうるさいのです。「しかしどうしてもと言うのなら、あんたが書類に書いて、しかるべき外交ルートを経て、それを私に提出しなさい」

「おばあちゃんがどうなったか知りたいの」と狼に向かってナイフを引き抜きながら、赤頭巾ちゃんは繰り返し言いました。

いやもう、自尊心ある狼がそんな厚かましい態度に耐えられるわけはありません。それに公平無私とか誠実さという問題にも関わってきますから。
「そうだな、知りたがっているから言ってやるが、食ったんだ」と狼はもったいぶって言いました。「自己防衛のためさ」
赤頭巾ちゃんはベッドから下りて、じっと狼を見つめて立っておりました。狼はこの子が泣き悲しんで、手をもみ絞るのをながめていました。この子は凶暴で野蛮な感情や、憎悪に負けてしまったのです。
「ああ」と狼が言いました。「するとあんたも私を攻撃するつもりだな!」

今や、赤頭巾ちゃんは床の上によつんばいになって、歯を剥き出し、飛びかかろうとうずくまって、うなり声をあげ始めていました。

無駄にする時間はありません。狼は非常に危険な状況にありました。狼は包囲されているのです。これは生きるための闘いです。ベッドから飛び出ると、赤頭巾ちゃんともみ合いになりました。狼は、自分のすぐれた力と長いかぎ爪と、非常に大きい歯と固い顎の他はなにも使いませんでした。一方、子どもが使ったのは、ナックルと麻酔剤とガスと磁気爆弾と大ハンマーと手斧でした。

赤頭巾ちゃんは残忍かつ残虐に闘いました。全てのルールに違反し、全ての盟約を無視し、道徳を軽蔑していることを示したのです。それはものすごい乱闘でした。しかし、狼は誠の勇気で勝ったのです。己れの権威を守るために赤頭巾ちゃんをばらばらに引き裂き、主義主張のために女の子を食べたのです。

「私にテロ攻撃をしかけないよう奴らに教えよう」と狼は散歩に戻った森の中で、一生懸命考えながら言いました。
今、狼はじわじわと忍耐力をとりもどしているところなのです。
【参考文献】
赤頭巾ちゃんは森を抜けて ― 社会文化学からみた再話の変遷  阿吽社
スタニスラフスキー理論・メソッド演技のページへ
「緑頭巾ちゃん」
演劇用台本 全文掲載のページへ
赤頭巾ちゃんのロマンス
演劇用台本 全文掲載
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