赤頭巾ちゃん の ロマンス | |||||||
この作品の赤頭巾ちゃんは、大人のイメージ。 「グリム童話―メルヘンの深層」(講談社現代新書)によると、「赤ずきん」は 教育書 でした。【子どもがそこから教訓を読み取れるものにする】とあります。 グリム兄弟が考えていた「良い子」とは、親の言いつけを守る従順な子供でした。 「わがままな子ども」【グリム童話 KHM117】というメルヘンでは、親の言うことをきかない子に神様が愛想をつかし、(神様が)その子を病気にかからせたため、わがままな子は死んでしまいます。「トゥルーデおばさん」【グリム童話 KHM43】でも、わがままな子は魔法で丸太に変えられ、暖炉の火にくべられて、やはり死んでしまうのです。 一方で、心優しい者は、天が助けてくれ幸せに暮らせます。「灰かぶり」(シンデレラ)「ホレおばさん」など多数。有名な「星の銀貨」【グリム童話 KHM153】は、エーレンベルク稿(初版以前の草稿)では短いメモにしかすぎませんでした。
では、なぜ? 「ねむり姫の謎」(講談社現代新書)によると、グリム兄弟は熱心なキリスト教 カルヴァン派でした。現世の日常生活において、禁欲主義を標榜し、勤勉に労働すべしというカルヴァン派の理念が、グリム童話編纂の根底にあったのかもしれません。 グリム童話全体についていえば、ヴィルヘルム・グリム(弟)は、メルヘンが本来もっていた(ヨーロッパの)異教的な要素をできるだけ払しょくし、そこにキリスト教信仰を盛り込んだのでしょう。 「グリムにおける魔女とユダヤ人」(鳥影社)によると、グリムがメルヘン集を出版した時代は、子どもの教育が明確に意識され始めた頃でした。18世紀末から19世紀初頭にかけて産業革命が急速に進み、それに伴って家族構造も変化し、市民的小家族が現れます。市民的小家族は、その知識欲求と経済力とによって、子どもの教育に強い関心を持っていました。 グリムのメルヘン集は主にこうした市民の家庭で購入されたのです。それゆえ、購入者である市民層の意向を無視するわけにはいきませんでした。 グリムのメルヘン集の初版が出版された後、話の選択、話の調子が子供向きではないという批判が起こりました。ヤーコプ・グリム(兄)は、メルヘンの学問的性格を保持したい意向を持っていましたが、世間は子どもに読み聞かせる、親の言うことを聞く子は幸せに、そうじゃない子は…という本を望んだのです。その結果なのかグリム童話は、第二版の序文にあるように「子どもにふさわしくない表現を慎重に削除」していくことになるのです。 「心やさしく生きましょう」という考えには賛成です。グリム童話が今もなお広く愛されているのは、グリム兄弟がメルヘンに盛り込んだメッセージが現代にもあてはまるからでしょう。 しかし、「親の言いつけを守らない子には死を」 という考えは、どうでしょうか。 この、「赤頭巾ちゃんのロマンス」には、【自分らしく生きようよ】というメッセージが込められています。 19世紀のフランスで最も人気のあった小説家の一人、アルフォンス・ドーデの作品です。 全文掲載させていただきます。 |
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赤頭巾ちゃんのロマンス
第一場
第五場 深い森。
第六場 次の日。素晴らしい天気。目覚めたばかりの小鳥たちが歌う。中央に祖母の家。鎧戸がおりている。家のそばに井戸がある。
第七場 狂人と赤頭巾、腕を組んで陽気に到着する。
第八場 同じ四人がいるところへポロニウスが全速力で走ってくる。
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