声優ワークショップ養成所
感情の記憶について
「他人に話したくない」と思う過去は、使わないようにして下さい。
あなたのなかでふっきれていない感情や、客観的に見ることができない感情を使うと、どんなことになるかわかりません。危険ですし、芸術的な表現をする上でも、役に立ちません。

心のなかに強く抑え込まれている感情と、強引に向き合わせようとする演技教師もいます。親の死や、ひどい出来事のために、トラウマになっていることを引っぱり出そうとする。生徒はヒステリックに動揺するだけです。そんなものはアートではない、と私は思います。

昔のことだからといって、体験や感情を客観視できるとは限りません。今のあなたがその体験を、どう受け止めているかで判断してください。

私は1938年に、愛する人を亡くしました。それにまつわる思いは、私のなかでいまだに整理できていませんし、うまく話すこともできません。だからその体験は、女優としては使えない。
一方、今朝あった出来事が、その日の夕方にはもう消化できて、演技に生かすことができる、という場合もあります。
「今はもうだいじょうぶ」と言える感情だけを使いましょう。  〜ウタ・ハーゲン〜
イントロダクション
俳優にとって、演技に必要なものは何でしょう?この問いに対して、誰もが固い信念や、意見をおもちだと思います。私の場合、考えがまとまったのは、ごく最近。でも、すべての考えがはっきりつかめたわけではありません。私は演劇ひとすじに生きてきたけれど、まだまだ勉強中。アーティストは、限りなく成長していけるのです。
素晴らしいですね。迷ったり悩んだりしながら、いろんな人たちに支えられて今がある、といった謙虚な人柄は好感が持てますね。
人間だもの、間違うこともありますよ。悩み、苦しんで、それでも前に進もうとする登場人物の気持ちを理解するには、自然体のウタ・ハーゲン・メソッドは最適な感じがします。
ウタ・ハーゲン、いいと思いますよ!
「天性の素質がなければ、俳優になれない」「俳優は勘に頼って演技をしているだけだ」「演技は直感でやるものだ。教えることはできない」。そんな意見を唱える人々もいます。短い間でしたが、私も同じように思っていました。素質があれば、演技をするのに努力や訓練など要らないのだろう、と。言い換えれば、他の人たちと同じように、私も演技に敬意(リスペクト)をもっていなかったのです。

演じることにも、技術が必要
「生まれつきの才能がなくちゃね」という人々も、発声や身体トレーニングの価値は認めるでしょう。演技の訓練といえば発声や滑舌練習しか目につかない、思いつかない人が多いのです。
声の出し方と身体の動きを訓練したら、観客の前で演じる。いい俳優になるには、そうするしかない、という考え方をしています。これは、小さな子を池に放り込み、「溺れたくなかったら、泳げ」と言うようなものではないでしょうか?そんなことをしたら、、子どもは溺れます。また、舞台に出たからといって、全員が演技上手になれるわけでもありません。

器用にアドリブができる若いピアニストは、ナイトクラブやテレビで人気者になれるかもしれません。でも彼は、ベートーベンのピアノ協奏曲には手を出さない。自分の指では無理だと知っているからです。
発声訓練が足りない「ポップ」歌手も、同じです。バッハのカンタータを歌ったら、声帯が裂けるかもしれません。ダンスの初心者が、いきなり『ジゼル』を踊れば、アキレス腱を切るかもしれません。その人の技術に合った演目を選ぶことが大事です。そうしなければ、いずれ協奏曲やカンタータ、ジゼルをやろうかという日が来た時に、「これは、無理して身体を壊した演目だ」という記憶だけが思い出されてしまうでしょう。

ところが演劇では、技術の有無を考えることがありません。若い俳優が、いきなり『ハムレット』を演じてやろうと飛びつきます。ハムレットをやるだけの技術ができるまでは、自分を壊し、ハムレットを壊すことしかできません。
つまり、演劇だけが、俳優の技術を軽く見ている。なぜそんな風潮かというと、素人たちがこぞって皆、いっぱしの批評家きどりでいるからだ。そんなふうに思えます。

音楽の素人は、ヴァイオリン奏者の弓使いがどうだと語ったりはしません。美術の知識がない人は、パレットがどうだ、ブラシ使いのテクニックがどうだと評価をしません。力が入るとアントルシャ[体を垂直にして跳躍し、空中に跳び上がっている最中に両足を交差させるクラシックダンスの動き]がうまくいかないんだよね、などと語るバレエ素人もいない。
なのに俳優の演技には、誰もが茶々を入れたがる。親戚のおばさんも、芸能事務所のエージェントも、楽屋に来ては俳優にアドバイスをしたがります。「もっと泣いた方がよかったんじゃない?」「あなたは椿姫なんだから、口紅をもっと濃くすれば?」「はっと驚く時、もう少し大げさに演技したら?」。また悪いことに、俳優はそれらの声に、すなおに耳を傾けてしまう。そして、演技には技術や技能なんて関係ないんだと、ますます思い込んでしまうのです。

「泳げないなら、溺れろ」式の演劇界で、大成した天才たちもいます。ただし、彼らは天才。迷った時、行くべき道を本能的に見つけられる人たちです。私たちは、そんな素質に恵まれていないかもしれない。かといって、「やるだけやって、ダメだったら仕方ない」的な古い考えでは、成長もできません。演技力を伸ばすことは、きっとできるはずなのです。

優れた技術は、目に見えない
私の理想は、ローレット・テイラー(1884〜1946年)のような俳優です。『Outward Bound(異国への旅立ち)』という舞台劇で、彼女はミジェット夫人や『ガラスの動物園』のアマンダ役を演じる彼女を見に、私は足しげく劇場に通いました。ところが、自分にとって何が参考になったか、さっぱりわからないのです。それほどまでに、彼女の演技はリアルなのでした。私はすっかり引き込まれ、彼女の技術を客観的に分析する余裕などなかったのです。

年月がたち、ローレットの伝記が出版されました。彼女の娘、マルグリット・コートニーが記したものです。私はわくわくしながら、ページをめくりました。19世紀末、ローレットはすでに、役づくりに必要な項目を分類していたそうです。当時の私にも、すでに「役づくりの方法は、こうではないか?」と信じるものがありました。なんと彼女の分類法は、私の方法と非常に似ていたのです。

ローレット・テイラーは、人物の背景を構築することから役づくりを始めます。背景ができたら、人物と自分自身を重ね合わせます。「こういう過去をもった人物が、こういう状況のなかで、こんな人々や物に囲まれたら、きっとこうする」。そう確信できるまで、役と自分を重ね合わせます。彼女自身の言葉を借りると、「その人物のパンツを履いた」と実感できるまで、役づくりは終わらない!

リハーサルでのローレットは、シーンが起こる場所を細部まで確認し、鷹のように鋭い目で共演者たちを見ます。「この人と私の関係は?私は他に、どんな行動ができるかしら?」と、あらゆる可能性を考えつくします。セリフの丸暗記は、絶対にしません。人物が生きる世界を知りつくすまでは、セリフが言えない、というのです。
彼女は、すばやく結果を出そうとは決してしませんでした。現場の習慣に反発し、「ただマネをすればいい」という演技法を拒否しました。「私には、演技テクニックもメソッドもありません」とローレットは言っていますが、実は、独自の方法と演技術をもっていたのです。

「メソッド」否定の名優たちにも、独自の技術がある
卓越した技術がありながら、それを「メソッド」と呼ばない俳優も多いです。アルフレッド・ラント(1892〜1977年。アメリカの俳優)とリン・フォンテーン夫妻も、その例にあたります。
「メソッド」演技を否定したといわれる夫妻ですが、二人の役づくりは「メソッド」を信奉する俳優たちを超越しています。チェーホフ作『かもめ』で共演させて頂いた私は、夫妻のすばらしい技術を目の当たりにしました。

最終幕で、ニーナがコンスタンチンを訪ねてきます。二人が舞台でやりとりをする間、他の人物たちは舞台裏、つまり隣の部屋で夕食をとっている、という設定です。稽古中、ラント夫妻は、ずっと夕食シーンを練習していました。アドリブで会話をし、どんな食べ物を食べ、どう行動するかを模索し続けていました。

本番で夫妻は、舞台裏に退場してからも、食事をしながらしゃべる演技を続けました。彼らが再び舞台に登場する時は、まさに「食べ終わってから戻ってきた」ように見えました。

舞台裏での夫妻の行動は、客席からは見えません。しかし、音は聞こえます。陶器やガラス、銀食器がカチャン、チリンと鳴り、かすかに話し声も漏れてくる。それが舞台上の悲劇との、すばらしいコントラストを生みました。また、舞台裏にいる間も役として生き続けることで、時間の経過をきちんと次の登場に生かすことができます。

ポール・ムニ(1895〜1967年)も、役づくりに「メソッド」はない、と言った俳優です。とはいえ、彼も独自の方法で役づくりをしていたことは確か。人物が住んでいた土地や故郷にしばらく住んでみたりしています。「もし僕だったら」と主観的なリサーチをし、探求した。その執念は、周囲が目をそらしたくなるほど、痛々しいこともあったそうです。

「メソッド」とは、スタニスラフスキー(1863〜1938年。ロシアの俳優、演出家)がつくった演技理論だと、思い込んでいる人もいるかもしれませんね。(実は違うんです!)彼は名優たちを観察し、どうやって演技をしているのか尋ねて歩いた。そうした発見をまとめながら、自説を築いていったのです。

優れたアーティストは、身をもって示す
私が名優から学んだすばらしい教訓を、もうひとつご紹介しましょう。
アルバート・バッサーマン氏(1867〜1952年ドイツの俳優)と、イプセン作『棟梁ソルネス』を練習していた時のこと。私はヒルダを演じていました。氏は当時80歳を越していましたが、ソルネス役の解釈や演技テクニックは、けして古くさくなく、近代的。ご自身がレパートリーとして40年近く演じてこられたこの役に、私たち新キャストが加わってリハーサルすることになったのです。
まず、氏は私たちの演技の感触をつかもうとされました。私たちを見ながら、耳を傾ける。それから私たちに合わせて、ご自身の演技を調整されました。本番のエネルギーはまだ出さず、軽くアクションをされていました。
衣裳を着けてのリハーサルが始まると、バッサーマン氏は100パーセントの力を出して演技を始めました。セリフのリズムや身のこなしは真実味にあふれています。私は圧倒されました。
氏はセリフを言い終えても、まだ何か言いたそう。私は待ちました。いつ、私がセリフを言う「番」がくるのかな、と思いながら。すると会話のなかで、ポカンと間が空いてしまうのです。「次は、間を空けないようにしよう」と頑張ったら、今度は彼のセリフをさえぎってしまいました。

「あなたが言い終わったら、次は私」と、互いにセリフをやりとりすることが演劇だと思っていた私は、第一幕が終わった後、彼の楽屋に行って、こう言いました。「バッサーマンさん、本当に申し訳ありません。でも私、あなたがいつ演技を終えられるのか、わからないんです!タイミングがつかめないんです」。彼は、びっくりした目で私を見つめ、こう言いました。「終りのタイミングなんか、ありませんよ!そして、あなたの演技も終わっちゃいけません」。

名優たちとの共演や観劇だけでなく、両親との生活からも、私は多くを学びました。わが家では、何かをつくりたい、表現したいという欲求が尊ばれました。行動が伴ってこそ、才能は開花するのだ。練習や制作活動に集中することに喜びがあるんだよ、と教えられました。両親は、身をもってその教えを示してくれた。また、芸術への愛は、世間的な成功とは関係がないんだよ、とも教えてくれました。

エヴァ・ル・ガリエンヌ(1899〜1991年。女優、プロデューサー、演出家)にも感謝をしています。彼女が私の才能を信じてくれたおかげで、初めてプロの公演に出演することができました。エヴァは演劇に深い敬意を抱いていました。彼女にならって私もまた、演劇は国家のスピリチュアルな部分に貢献するものだ、という信念をもつことができました。
ラント夫妻にも感謝しています。俳優は、惜しみなく修練に励まねばならない。そのことを、骨の髄まで染みるほど教えて頂きました。

うわべだけの技が、演じる喜びを殺す
ところが、私がアマチュアからプロに転向すると、おかしなことが起こり始めました。
本来「アマチュア」とは、愛好者を指す言葉です。好きなことを追及する人、という意味ですが、今ではうわべだけの知識しかない素人や、技術のないパフォーマー、趣味や暇つぶしに何かをする人と同義語になっています。私はとても若くして、演劇の舞台に出演しました。当時の私は、本来の意味でのアマチュアでした。演じるのが、ただ好きだった。出演料は、そのおまけ。好きなことにただ打ち込んでいたら、認めてもらえたということかもしれません。
しかし、私に技術がないことは、明白な事実でした。「何がなんでも、空想したことを信じるんだ」という気持ちだけに頼って演技をしていました。私は役の人物なんだ、と信じきり、劇のなかの出来事は本当に起こっていることなんだ、と信じて演じていました。

そんな私がプロになり、いろんな知識が身につき始めると、「演技が好きだ」という気持ちは薄れていきました。その代わり、いわゆる「プロ」の演技術を自分なりに取り入れ、「プロ」を気どるようになりました。

私は見せることだけを意識した「トリック(ちょっとした技)」を使い、得意にすら感じていました。たとえば、『かもめ』でニーナが退場する時の終幕の演技。ドアへ向かう時に、キッと勇ましく上を向くと、観客から拍手喝采がもらえるのです。役を生きることに集中し、観客をいっさい意識せずに演じることが、本当はよいのだとわかっていたのに。なぜニーナはコスチャとさよならするのか、それだけを考えながら退場すれば、観客はシンと静まり、涙をこぼします。なのに、私はウケるための小技を使って演じるようになったのです。

その他、「きれいに」登場する方法や、笑いや涙を流す方法。叙情的な「クオリティ」を出す方法。プロになってから、私が得た小技は枚挙にいとまがありません。どれもみな、表面に見える効果を計算ずくで演じる方法でした。
もう勉強なんてしなくていいんだ。他の役も、こうやって演じればいいんだもの。それがプロというものよ――そう私は考えるようになりました。

すると、演じても楽しくないのです。

劇場に通う目的は、お給料を稼ぎ、レビューを書いてもらうためだけ。ごっこ遊びのように空想の世界を信じる喜びは、とっくに失くしていました。役に嘘が混じるようになり、「役が生きる」世界のリアリティは色褪せていきました。

1947年、私はハロルド・クラーマン氏が演出する舞台に出ることになりました。プロの演劇とはどういうものか、開眼させられたのはこの時です。

彼は「小技」を使わせてくれませんでした。台本読みもしないし、ジェスチャーや立ち位置の指示もないのです。私はひどく面食らいました。長年、人物の仮面を被って演じてきたからです。外からどう見えるかを意識した演出に慣れきっていた私。それまでの私は、演技中ずっと、仮面の裏に隠れていたのです。
ハロルド・クラーマン
  • アメリカの演劇批評家であり、演劇に関するいくつかの本の著者でもある。1940年に解散するまで、グループ・シアター【アメリカにメソッド演技の概念をいち早く取り入れた演劇集団】の運営の責任者だった。60年代を通して多くの芝居を演出した。ステラ・アドラー【メソッド演技「魂の演技レッスン22」の著者】の前夫。
ハロルド・クラーマンの舞台に出演したことで、ウタ・ハーゲンは、スタニスラフスキーシステムのメソッド演技と出合ったんですね。

クラーマン氏に、この仮面は通用しませんでした。役のなかに「私」がいなくてはならない、と彼は言うのです。風変わりで、新しい役づくりのテクニック。やっていくうち、私のなかでゆっくりと、「演じることが好き」という気持ちがよみがえってきました。
前もって型をつくってはいけないし、型から入ろうとしてもいけない。色々やっていくうちに、結果として形がまとまってくるだろうからだいじょうぶ、と言われました。

公演が始まると、私はまた驚きました。客席がとても近く、親密に感じられるのです。それまでの私は、観客との間に壁があるように感じていました。その壁を取り払って頂けて、ハロルド・クラーマン氏には大変感謝しています。

この体験で気づいたことをさらに深めるため、ハーバート・バーゴフ氏【HBスタジオ演劇学校 創設者】のところで勉強を続けることにしました。気づいたことを、今後どのようにつかっていくか。真の演技術を身につけ、私自身をとおした役づくりをするためにはどうしたらいいか。ハーバートは細やかな助言をくれました。

成長したい。「リアリティのある演技」という奇跡を、実現させたい。その思いをぶつけられる場所を、幸運にも私は見つけることができました。HBスタジオの創設者、ハーバート・バーゴフ。彼と私は結婚し、共に教師をしています。学生たちや俳優仲間と演技をし、演出もします。商業演劇では予算が出なかったり、また力を注がれることのない舞台劇の作品や場面を抜粋したものを練習しています。

私は自分自身が行ってきたことと、HBスタジオで行っていることに信念をもっています。スタジオに集う皆さんが、忍耐と希望をもって一流のカンパニーを結成して下されば、と願っています。一流の演出家、そして願わくば一流の劇作家と手を携えて、すばらしい劇団をつくって欲しい。目標を共にし、互いに成長し合う仲間。共通の言葉で通じ合い、ひとつの表現に向けて力を結集できる同志。そんなグループが劇場づくりを目指してがんばれば、アメリカの演劇界に真の貢献ができるかもしれません。実現するよう、祈っています。もし、実現できなかったら?目指し続けていきましょう。演劇には、それだけの価値があるのですから!
オーバーな演技と、心を表す演技の違い
第1章 コンセプト
1800年代後半から1900年代前半に活躍した、二人の俳優がいます。サラ・ベルナール(1844〜1923年。フランスの女優)とエレオノーラ・ドゥーゼ(1858〜1924年。イタリアの女優)。
ニューヨーク近代美術館で『Great Actresses(偉大なる女優たち)』という映画シリーズの上映があったら、見て下さい。彼女たちの演技が収録されています。

サラ・ベルナールの演技は表面的で、きらびやか。当時主流の、形式的な演技です。一方、ドゥーゼの演技はとてもリアル。お芝居ではなく、人間そのものを見ているような気になります。

皆さんがベルナールの演技を見たら、おおげさ過ぎて笑うでしょう。しかし、ドゥーゼは今も私たちの心を揺さぶります。たいへん昔の女優なのに、びっくりするほど斬新な演技に見えます。同じ時代に名女優と称えられた二人の演技術は、アプローチがまったく違うのです。

こうした二つのアプローチに対し、演劇界は何世紀にもわたって議論を続けてきました。ですから、皆さんにも考えて頂きたいのです。話を進めるために、それぞれのアプローチに仮の名前をつけましょう。なんと呼ぼうかいつも悩むのですが、とりあえず。「ああ、そういうことか」とわかって頂ければ、名前は忘れて頂いてもかまいません。ベルナールは「描写の演技」、ドゥーゼは「役を生きる演技」と呼ぶことにします。

真実は、時代を超えて胸を打つ
「描写の演技」をする俳優は、人物の動きを真似したり、描いてみせることを選びます。「役を生きる」俳優は、人間の行動の真実を発見しようと試みます。「役を生きる」俳優は、自分自身の真実と向き合います。「私は実生活のなかでどう行動しているだろう?」と探求します。自己を知ることで、役を知ろうとします。
「描写の演技」をする俳優は、「客観的に見れば、こう動くのがよいだろう」と考えながら演じます。注意深く、自分の演技をチェックしながら演じています。「役を生きる」俳優は、そのように客観的なチェックはしません。自分の役づくりを信じて、今という瞬間を生き、行動します。

ベルナールとドゥーゼは、ともに同じ役を演じたことがあります。
劇画 「ガラスの仮面」 で主人公の北島マヤとライバルの子が、同じ役を舞台で演じて競い合うエピソードがありましたね。リアル「ガラスの仮面」ですね。
妻が夫に不貞を疑われ身の潔白を訴えるところがクライマックス、というメロドラマです。ベルナールは「本当よ、本当よ、本当よーーーー!」と、ビブラートを効かせた声を高く、激しくふり絞りました。観客は感極まって立ち上がり、賞賛の言葉をベルナールに浴びせかけました。
まったく同じところを、ドゥーゼは静かに「本当よ」と二回だけ言いました。三回目の「本当よ」を言う代わりに、息子の頭に手を置き、夫の目をじっと見たのです。ドゥーゼの観客は、すすり泣くように嗚咽をもらしました。

今という瞬間を生きることを、よしとしない俳優もいます。19世紀に活躍した、フランスのコンスタン・コクラン(1841〜1909年)がそうです。
ある時、彼は観客から大喝采を浴びたのですが、その夜、共演者たちに謝罪したそうです。「今夜は、舞台で本当に泣いてしまった。申し訳ない。このような失態は二度としない」。
コクランのアプローチは、まさに「描写の演技」といえます。本番中に真実の涙を流してしまったら、演技がブレてしまう。きちんと表現するべき流れやメリハリがぼやけてしまう、と彼は考えていたのです。
純粋な心の動きを犠牲にしてまで、人物描写が大切でしょうか?そうして生まれた演技がいかに傑作だったとしても、観客の心には届かないんじゃないか、と私は思います。「こういうふうに見せよう」とつくった演技には、「ブラボー!」とスタンディング・オベーションが沸くかもしれない。しかし、観客はアクロバットやサーカスを楽しむように、見た目の技術に拍手を送っているのではないでしょうか。このような演技に、観客が真実の人間の姿を見出し、心のひだに染みいるような共感や感動を覚えることは少ないと思います。

「描写」アプローチは形式的で、表面的。時代の流行に従う傾向が非常に強いです。一方、「役を生きる」アプローチは時代に合わせた表現形式をとることよりも、人間として真実をとらえることを選びます。ドゥーゼの演技が時を超えて私たちの胸を打つのも、彼女が普遍的な真実を見出していたからかもしれません。

私がどちらのアプローチに沿おうとしているか、おわかり頂けたことでしょう。ドゥーゼの側に立ちたいのです。彼女はかつて、「どの役をやっても同じに見える」と批判され、こう答えました。「私にできるのは、ただ魂をひらいて見せること。それ以上、いったい何が必要というのでしょう」。

「ドゥーゼのように、役を生きたい」といっても、私は「描写」アプローチを全面的に否定しているのではありません。「描写」の演技がすばらしい俳優もいるのです。ただ私個人が俳優、演技教師として活動するなかでは、「役を生きる」アプローチを採用している、というだけです。「このアプローチなら納得できる」というものを、俳優としても教師としても、追及するべきだと思っています。
映画脚本家、笠原和夫さんの「シナリオ骨法十箇条」は、【メソッド演技】。「ひばり映画と時代劇」は、【描写の演技】について語っています。つまり、どちらにもいい面があるんですね。
よろしければ、ぜひ!
秘伝 シナリオ骨法十箇条 と
       メソッド演技の共通点!

        (ひばり映画と時代劇)
http://stanislavskii.tabigeinin.com/koppo.htm

何をめざすかは、自分で決める
「アメリカで最高のアクターになりたいんです!」と、俳優たちはよく言います。でも、最高って何ですか?

ステーキ、鶏肉、ロブスター、ラム肉は、どれもおいしい。でも、どれが「最高」?人によって、好みが違います。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンでは、誰が最高?やっぱり人によって評価、好みが違い、「一番」なんて決められないでしょう。彼らはそれぞれ、自分でベストを尽くしたのです。「世界で一番」を目指したわけではありません。

自分以外のものに評価の基準を求めると、答えの出ない問いから抜け出せなくなります。「いったい誰に支持されればいいのかしら?ガソリンスタンドの店員さん、それともブルックス・アトキンソン?(アメリカの演劇評論家)」。私に、そうもらした有名女優がいました。店員さんも批評家も、自分が見たいと思うものを支持するだけにすぎません。それが、彼女にはわからなかったのです。

私は彼女に、『かもめ』に出演した時の体験を話しました。私の演技は絶賛を浴び、私はすなおに喜んでいました。同じ公演のマチネには、別の若手女優が出演しています。ある日、その舞台を見た私は「えっ?」と思いました。彼女の演技は、私が思うに、ヘタでした。なのに、その女優は私と同じように、大絶賛されていたのです。

人々の評価基準に納得がいかないなら、どうすればいいのでしょう?真の評価を与えてくれる人が、自分の他にいるとしたら誰?よほど信頼できる仲間以外は、誰もいません。

そこで私は、「自分にとっての基準」をつくるようになりました。ガソリンスタンドの店員さんにウケようともしない。ブルックス・アトキンソンに褒められようともしない。自分でつくったゴールを目指し、評価も自分自身で行う。また、他人の意見を聞くにしても、心から尊敬する仲間だけにしました。

自分でゴール設定をするなら、勉強や練習の習慣も自分でつくらなくてはなりません。俳優の仕事は不規則ですから、どうしても自分に甘くなってしまいがち。「いつか、リア王を演じるんだ」と夢見ながら、レストランやオフィスでアルバイトをする人はたくさんいるでしょう。生活の大変さを言い訳にせず、やるべきことをしっかりとやってください。
才能のある俳優でも天分を磨かなければ、努力家に追い越されてしまいます。実力よりも上を目指して、難しい課題にチャレンジし続けることが大事です。

うぬぼれや虚栄心は、病気と同じです。アルコール依存やガンと同じように、あなたを傷つけます。本来その人がもっている才能や能力、繊細さが出せなくなってしまうのです。俳優は「今、この瞬間」に対して反射的に行動し、相手役と純粋にやりとりができなくてはなりません。自分をかっこよく見せようとしたり、自己愛におぼれてしまったら、真の演技などできるはずがありません。病気の予防と同じように、こうした悪い傾向からも身を守ってください。

どんな時も、私はスタニスラフスキー氏の言葉を忘れません。「あなたにとっての芸術を愛しなさい。『芸術をしている自分』を愛してはだめだ」。

私は可能性を信じます。真の意味で社会に貢献することが、きっとできるはずです。

ここまでで、全299ページ中、35ページです。
HPでの紹介は、ここまでにします。この他にも「第四の壁」など興味深いことが書かれていますよ。
第四の壁とは?
俳優たちの目の前にぽっかりと開く、巨大な闇。この、舞台から客席に面するサイドを「第四の壁」と呼びます。
舞台劇での「客席」は、映画だと「カメラのレンズ」に相当します。レンズの方に顔を向けなければ、あなたの表情は画面に映らない。かといって、レンズを過度に意識してしまったり、第四の壁サイドに目印をうまく作れなければ、「カメラ目線」で観客と目が合ってしまうことになるのです。
第四の壁のこちら側【観客】に向かって、ドラマの出演者が直接語り掛けてくるという手法もあり、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(アメリカ制作のシリーズドラマ)。「素晴らしき日曜日」(黒澤明監督作品)などが知られています。
俳優は第四の壁に、どう対処すればいいの?そういったことが書かれています。是非お読みになられるようおススメします!
参考文献
“役を生きる”演技レッスン リスペクト・フォー・アクティング / フィルムアート社