「アインシュタインの生涯」
<A1>
そのとき彼の心臓の血管が破裂する(最期。[アインシュタインは大動脈瘤破裂で1955年4月18日逝去])。
ヒロシマの報せ[1945年8月6日の原爆投下、26万人が即死]がプリンストン[アインシュタインはここの高等研究所で1934年から1955年の逝去まで働いていた]に届く。住民は恐怖のまなざしで平和の先覚者[アインシュタインは自分が平和主義者であるという声明を繰り返し公にし、国際的な平和組織でも活動していた]である偉大なアインシュタインを見る。
アインシュタインは、彼の最良の弟子たちが、何故の問いから、いかに、への問いに向きを変えるのを見る(量子論)。
ファシズムに対する勝利者がファシストであることが明らかになる。アインシュタインの弟子たちは研究に隷属させられる。ファシズムへの彼らの忠実度が試されるのだ[ここではJ・R・オッペンハイマーが想定されているようだ。彼は1943年〜45年にアメリカの原爆開発のマンハッタン計画を主導したが、原爆投下後に疑念を感じ、戦後には水爆実験に異を唱えて、54年6月に公職追放された。ブレヒトは『ガリレイの生涯』のベルリン版を作る際に、この事件も熱心に調べて取り組んでいたという]。
ある労働者がアインシュタインと論議する(MASCH=マルクス主義労働者学校)。因果律の問題。
<A2>
以下のことを統合させること。
アインシュタインのMASCHでの因果律についての講演。予言し計画することが可能という合法則性が最後に明らかにされたとき、さらにその先を聞きたいという労働者の抗議。
アインシュタインのド・ブロイ[1892〜1987、フランスの物理学者。ルイ・ヴィクトル・ピエール=レイモン・ド・ブロイ。1929年に電子波の理論でノーベル物理学賞受賞。アインシュタインは量子論のこういう展開に批判的に対峙した]への闘いと統計的な因果律。
「神はさいころ賭博師ではない!」[アインシュタインのお気に入りの言葉だったという]
彼らの理論は反乱であるが、その反乱には十分な因果律が必要だった。
<A3>
デッサウのオペラのために。
Xは、ナチスが彼の書物を焚書(ふんしょ)にする様子を眺めている。彼は、ナチスが恐れるべきは彼の書物ではなく、彼自身であることを知っている。偉大な公式は、撤収不可能なのだ。
これが発端。最後に彼は、彼の勝利が敗北に変わってしまったのを知る。彼とても、あの偉大な公式はそれが致命的[な結果をもたらすもの]であることが判明しても、撤収することはもはや不可能なのだ。
二つの勢力が戦っている。そして(彼にも定義できず、ぼんやり判然とはしないのだが)その二つの勢力の外部と内部に第三の勢力(コミュニズム)が存在している。
Xは、二つの勢力の一方に、偉大な公式[E = mc2]を引き渡す。彼を保護してくれるからだが、彼はその二つの勢力の顔が似ていることを見落としている。
味方の勢力が勝利をおさめ、敵の勢力を打ち負かす。そのとき恐ろしいことが起こる。味方の勢力が敵の勢力に変わり、これまで庇護してきた者たちにも、恐ろしい姿を現す。しかもその勢力は彼を味方とみなして、同志としてもてなすのだ。
<B1>
自然認識の進歩は、
社会認識の停滞のときは、
致命的となる。
<B2>
Eはファシズムの敵に致命的な武器を手渡す。
そしてファシズムの敵はファシストになる。
<B3>
私は戦争に反対だと、かつて私が言うのを聞いたというのは、愚かなこと、なぜならそれは愚かな命題だから。
つまり私の命題の半分でしかない。
私が言いたかったのは、
戦争は私にも他の人にもたくさんの不当なことをもたらすから、私は戦争に反対なのだということ。
その結論としてこう言ってもいいだろう、平和が私にも他の人にも、戦争よりもっと多くの不当なことをもたらすにしても、
私は平和に賛成なのだ、と。
今回ご紹介したのは ディストピア【ユートピア(理想郷)とは正反対の社会】を描いた文学作品たちです。
いい世の中にしたいよね、こうならないためには どうしたらいいのかな、と一人ひとりが考えていくことが大切なんでしょうね。 |
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おまけ
「火星のツァラトゥストラ」冒頭部分のあらすじだけ紹介させていただきます。少なくとも私は大笑いしちゃいました。
『ニーチェ・ブーム』は、火星植民地では『ツァラトゥストラ・ブーム』だった。つまり、一般大衆に知れ渡ったのは『ツァラトゥストラ』だけで、作者の名ではなかった。というのは、その頃すでにニーチェという名は、とっくの昔に消えていたからだ。
だが今、2250年―火星。
『ツァラトゥストラ』だけが復活した。
「この自伝は、きっと人気が出るだ」教授はそうつぶやいた。彼はこの書物を、ツァラトゥストラという人物が、自分で書いた伝記だと結論したのだ。
「おら、これを翻訳して、今学期の教科書にしてやるだ。学生全部に買わせるだよ。そしたら、おら儲かるだ」教授はほくそ笑んだ。
「この頃の学生は、たいていエゴイストばかりで、どいつもこいつも皆うぬぼれ屋ばかりだから、この本はきっと、学生の間で評判になるに違えねえ。若えもんちうのは、自分の悪いところを自己弁護する材料を与えてくれるような本には、かならずとびつくだよ。やさしい言葉に書き直して学生に読ませてやればええ。これを書いた男は唯我独尊権力意志の持ち主だと自分でもいっているだから、たちまち若えもんのヒーローになるに決まってるだ」
彼は翻訳にとりかかった。時には俗語を入れ、適当にジョークを混えて訳した。また、ツァラトゥストラをより身近かに感じさせるため、文体を一人称にした。
こうして教授は、一種の興奮状態でもって『ツァラトゥストラ』第一部を、わずか10日間で、一気に翻訳した。
翻訳は、こんな調子だった。
ツァラトゥストラのお話 その1
プロローグ
みなさん、こんにちわ。
わたしはツァラトゥストラです。
これからわたしの、面白いお話を聞いてください。
わたしは、三十歳になったとき、わたしの居住区域にある飲料用水の水源地の仕事をクビになり、生まれた家も追い出され、しかたなく山へ行って、そこで生活をはじめました。勝手気ままに、ひとりでオナニズっていたんです。十年間ずっと。
倦きただろうって?
いいえ、そんなことはありませんでした。
でも、やっぱり十年めともなると、気がかわりましたね。
ある朝、めずらしく早起きして外へ出ますと、ちょうど太陽が昇りかけていました。地球では、太陽はまっ赤な色で東から出ます。
で、わたしは太陽にこういいました。
「おてんとさん、おてんとさん。あんたはそうやって毎朝出てくるけど、あんたの光に照らされて喜ぶものがいなければ、あんたは今ほど、しあわせじゃあないでしょう?ね、そうでしょう?
十年前からずっと、あんたはこの、わたしの住んでいる簡易ドームの上に出てきましたね。でも、そこにもしわたしと、それからわたしのペットの突然変異カナリヤと人工ゼニガメがいなかったら、あんたはやっぱり、ここを照らしたり、出たりひっこんだりするのが阿呆らしくなったでしょうよ。いや、そうにきまってます。
だけどわたしたちは、朝になればちゃんとあんたを、待っていてあげたんですよ。あんたの光にあたってあげたんですよ。そして、わたしたちみたいな、いい知り合いを持って、とてもあんたは幸福だろうなあと、思ってあげたんですよ。
だけどねえ、おてんとさん。考えてみると、わたしもあんたと同じようなもんです。わたしはすごく賢くて、そりゃもう、データをつめこみすぎた電子頭脳みたいな天才なのに、だれも、このわたしのことを知らないんです。これは、いけないことですよね。きっと、わたしの知恵をほしがっている人が、たくさんいると思います。だから、あんたと同じように、わたしも、そういう人たちを求めなければ、ならないはずです。
だからわたしは、自分が賢いと思っている人に、自分がどれだけ馬鹿かを思い知らせてやろうと思うんです。馬鹿は馬鹿なりに、すなおに人のいうことを聞いていりゃいいんだということを教えて、喜ばしてやりたいんです。貧乏人にもそう教え、わたしの知恵をやって喜ばしてやりたいもんです。
だからわたしは、もいちど、あの人口過剰の居住区へおりて行こうと思うのです。・・・・・
教授の思惑は、はずれなかった。
この、読者に直接語りかけるような文体は、軽文化化の進んだ火星の一般市民に喜ばれた。
『誰にもわかる哲学』という宣伝が行きとどいたため、学生はもちろん、若いものの流行に乗り遅れまいとする軽文化人や一般大衆は、さきを争って買い求めた。
彼らにとって、職場や家庭で話し合うことのできる『哲学』があるということは、実に愉快な、嬉しいことだった。
お分かりのように筒井康隆先生は「自伝だと勘違いし、金もうけのため、わずか10日でツァラトゥストラを翻訳した教授」を徹底的に笑い飛ばしています。そこからも筒井氏の「逆説的文学」が見えてきますね。
それでは、また! |
理想は絶えることなく語られなければならない。なぜならばそれは「人間の思考がはじまる本質的な基盤」だからだ。エドワード・ハレット・カー【イギリスの歴史家、政治学者、外交官】 |
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参考文献
ヒトラーの科学者たち 作品社
星新一ショートショート1001<1> 新潮社
動物農場 角川文庫
ベトナム観光公社 中央公論社
ブレヒト戯曲全集第3巻 未来社
ガリレオの生涯 光文社古典新訳文庫 |

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