四歳の娘を気に入り、年頃になったら自分と結婚させようと、貧しい女から買い取って理想の女性に育て上げる中年男アルノルフの喜劇!
それが「女房学校」じゃ。
それって変質者の話ですか?
文学じゃ!!!
アルノルフの策略は成功し、少女アニェスは 「赤ちゃん、耳からつくられるの?」 という、なにも知らない純真無垢な娘に成長したのじゃ。
ところがアルノルフの思い通りには行かなかった。
ざっと物語を紹介しよう。 |
女房学校 喜劇五幕
1662年12月26日 |
パレ・ロワイヤル劇場にて初演。 |
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第一幕 第一場
- クリザルド
- では、あの娘(こ)と結婚なさるために帰ってみえたので?
- アルノルフ
- さよう。明日じゅうには片づけるつもりでいます。
あの娘(こ)はね、四つの頃から、ほかの子供たちの中でもひときわ優しく、落ち着いた物腰で、わたしはすっかり惚れ込んだんです。母親がひどい貧乏にあえいでいましたので、いっそあの娘(こ)をもらおうって気になりました。田舎者のそのばあさんは、わたしの希望を伝えると、厄介払いができるとばかり大喜びでしたよ。
自分の主義に従って、わたしは娘を人里離れた小さな修道院にあずけました。つまり、できる限りお馬鹿さんにするよう、あれこれ気をつかってくれと依頼したんです。
有難いことに、期待通りの成功でした。成長した娘に会ってみると、まるっきりのねんねえなんで、願ったり叶ったりの女にめぐりあえたと神様に感謝しましたよ。これなら望み通りの女房に仕立て上げられますからね。
そんなわけで、あの娘(こ)を引き取ったんですが、実物はわたしの話以上です。その無邪気さときたら、ことごとく驚きの種でして、この間も (本気にはなさらんかも知れませんが) ひどく考えつめた顔で、わたしの所へ来ると、あどけなさそのものって様子でこうたずねるんですよ。
子供は耳から生まれるのって。
- クリザルド
- (立ち去りながら) いやはや、することなすこと、狂っとるわい。
第三場
- アルノルフ
- 手仕事か!結構なしるしだわい。どうだね、アニェス、旅から帰ったよ。うれしいかい?
- アニェス
- はい。ありがたいことだと思います。
- アルノルフ
- わたしもさ、お前に会えてとてもうれしいよ。ところで、何をしてるんだね?
- アニェス
- あたしの角頭巾をつくっております。あなたのお寝衣(ねまき)と頭巾とはもう仕上げましたわ。
- アルノルフ
- ほう!それはありがたい。さあ、二階へ行っといで。心配することなんかないよ。すぐ帰ってくるからね。それから大事な話があるんだから。(みんなが引っ込んでから) 現代のヒロインがた、学問のある奥さまたち、やれ愛情だ、やれ恋愛だと騒ぎ立てるご婦人たち、あんたがたが詩だの、小説だの、文学だの、恋文だの、学問などを束(たば)にしてかかって来たところで、このしっかりした操正しい無知な娘にはかないっこないのですぞ。
第四場
- オラース
- アルノルフさん。
- アルノルフ
- なんと、奇遇ですな!まあ、なんと子供ってものは、二、三年の間に育つもんだろう!ところで、あなたのお父上オロントさん、わたしの素晴らしい友人は今どうしておられます?
- オラース
- 父ときたら、ぼくたちよりずっと元気です。(…)率直に打ち明けますと、ぼくはここで、ちょっとした恋の冒険をしたんです。この町でぼくはある美しい女(ひと)にすっかり参ってしまったんです。
(アニェスの家を指さして)
あの家に住んでる娘さんです。実はまだからきしねんねえなんですが、それはあの女(ひと)を閉じこめて人とつき合わせないなんて、ひどいことを考えた男の罪です。無知という状態におさえつけられながらも、人を夢中にさせる魅力に輝いています。アニェスという名です。
- アルノルフ
- (傍白)ああ、腸(はらわた)をえぐられるようだ!
- オラース
- 男のほうはたしか、ド・ラ・ズースとかスーシュとかって言いましたっけ。名前なんぞ気にも留めませんでした。金持ちだって話ですが、分別となるとさっぱりだそうで、だいぶ笑い者にされていたようです。ご存知ありませんか?
- アルノルフ
- いやその!そう、知ってますよ。
- オラース
- 頭がおかしいんだそうですね。
- アルノルフ
- え・・・・・・
- オラース
- どうなんですか?ねえ?つまり、そうでしょう?馬鹿ですね?どうやら人の噂通りの男ですね。
- 要するに、かわいいアニェスはぼくをとりこにしてしまったんです。美しい宝石です、正真正銘の。こんなたぐいまれな美人を、偏屈(へんくつ)おやじに任せておくなんて、罪悪ですよ。ぼくとしては、全力をつくし、あの女(ひと)を自分のものにしたいのです。
(…)ご気分が悪いようですね?
- アルノルフ
- いや、その、考えごとをしていたもんで・・・
第二幕 第二場
- アルノルフ
- (傍白)汗びっしょりだ。一息つこう。やっこさんを子供の時分に見たときに、大きくなってこんなことをしでかそうとは、夢にも思わなかったな。ああ!心臓がつぶれそうだ!何とかうまくもちかけて、当人の口からこの一件を聞き出す方がよさそうだわい。かっとなった頭を少しさますとしよう。ここが我慢のしどころと、辛抱、辛抱!
第四場
- アルノルフ
- 散歩はいいな。
- アニェス
- ほんと。
- アルノルフ
- 何か変わったことはないかね?
- アニェス
- 子猫が死にましたの。
- アルノルフ
- それは残念。(しばし思いにふけって) 世間というものはね、アニェス、おかしなもんだよ。悪口を言ったり、つべこべしゃべるやつがいるもんさ。近所の人たちの話では、わたしの留守中に見知らぬ若い男がうちへ来たというじゃないか。お前はその男に会って長々と話を聞いてやったというけど。もちろん、わたしはそんな悪口を信じやせん。でたらめもいいところだ、なんなら賭けてもいいと・・・。
- アニェス
- あら、賭けなんてなさっちゃだめですわ。負けるに決まってますもの。
- アルノルフ
- なに?ほんとなのかい、男がその・・・?
- アニェス
- 本当よ。嘘じゃなくってよ。
- アルノルフ
- (傍白)こう素直に打ち明けるところをみると、悪気はなさそうだな。(普通の声で) だが、アニェス、たしかわたしは誰にも会ってはならんと言ったはずだな。
- アニェス
- ええ、でも、なぜあの人に会ったか、ご存知ないでしょう?あなただってきっと、あたしと同じようになさったと思いますわ。
- アルノルフ
- そうかもしれないね。とにかく話を聞かしておくれ。
- アニェス
- とても不思議なお話ですわ。本気になされないかもしれませんわ。
戸口に出ていますと、ひとりのおばあさんがそばへ来て、こう申しました。
「あんたのために心を傷つけられて、嘆き悲しむ人のいることを知らねばなりませんぞ」
「あたし、だれかを傷つけたんですって!」びっくりしてこう申しました。
- 「さよう、傷もなかなかの深手じゃ、きのうバルコンからあんたを見た男のことじゃ」
「まあ、でもどうして?あたし、気がつかずに、なにかを落っことしたんでしょうか?」
「いんや、あんたの目が命とりの傷をあたえたのじゃ」
「あら、たいへん!あたしどうしましょう、あたしの目から毒が出て、人にうつるとおっしゃるの?」
「さよう、あんたの目には、娘さん、自分で気づかぬ毒があるのじゃ、命取りの毒ですぞ。
ひと口に言えば、かわいそうなあの男は、やつれ果て、もしもあんたが無慈悲にも助けないとなると、二日も経たんうちに死んでしまいますよ」
「まあ、そんなことになったら、あたしどんなに辛いでしょう。でもお助けするには、どうしろとおっしゃいますの?」
「娘さんや、あの人はあんたに会ってお話がしたいばかりなのじゃ、あんたの目だけが、あの人の破滅を救い、受けられた傷の薬になるのじゃ」
「ああ、それでしたら喜んで、お望みどおり毎日会いに来てくだすったって構いませんわ」って答えましたの。
- アルノルフ
- (傍白)おのれ、いまいましい魔女め、娘たちの心に毒を流し込む婆(ババア)め、しつっこい悪だくみをしおって、地獄で報いを受けるがいい!
- アニェス
- そうしてその人はあたしに会いにいらして、治ったんですのよ。あたしのしたこと、いいことでしょう?いずれにしたって人が死ぬのを助けもしないで放っておくなんて、あたしの気持ちが許しませんわ。あたしって、苦しんでいる人にはすごく同情してしまいますの。ひなどりが死ぬのを見ても涙が出ちゃうんですもの。
- アルノルフ
- (小声で傍白)すべては無邪気な心から出たことだ。うっかり留守にしたわしが悪いんだ。善良なこの子に、番人もつけず放っといたから、悪がしこい狼の罠に落ちかかったんだ。悪党め、けしからん気を起こして、冗談では済まないことをしたんじゃないかと気がかりだ。
- アニェス
- どうなさったの?何かぶつぶつおっしゃってるみたい。お話したのは、いけなかったんですの?
- アルノルフ
- そうじゃないんだ。が、まあ、会ってからどうなったか教えておくれ。その若者は、訪ねてきてどうした?
- アニェス
- それがもう、あの方ったらとても喜んで、会ったとたんに治ってしまいましたわ。あたしにはきれいな小箱をプレゼントしてくださって、あなたもきっとあの方をお好きになりますわ。
- アルノルフ
- うん。だけど、ふたりっきりになってなにをした、その男?
- アニェス
- かけがえのない愛情であたしを愛してるってお誓いになりました。優しいお言葉で、ほかでは聞けないようなお話をしてくださいました、聴いているうちに、うれしさがこみあげてきて、ぞくぞくして、
- なんだかわからないけど、うっとりしてしまいましたわ。
- アルノルフ
- そんな話や、親切ごかしのほかに、その男はお前をなでたりはしなかったのかい?
- アニェス
- それはもう、たくさん!手を取ったり、腕を握ったり、それからいくら手に接吻(キス)なさってもあきないって様子でしたのよ。
- アルノルフ
- 何かほかに、アニェス、お前から取りはしなかったかい?
(アニェスがどぎまぎするのを見て) ううっ!
- アニェス
- ええ、あのかた、あたしの・・・
- アルノルフ
- なに?
- アニェス
- 取ったんです・・・
- アルノルフ
- ええっ!
- アニェス
- あの・・・
- アルノルフ
- なんだって?
- アニェス
- 言えませんわ、きっとお怒りになるんですもの。
- アルノルフ
- いいや。
- アニェス
- なりますわ。
- アルノルフ
- 怒らないったら!
- アニェス
- じゃ、(指切り) げんまん。
- アルノルフ
- よしきた。
- アニェス
- あの方、あたしの・・・
お怒りになるわ、やっぱり。
- アルノルフ
- いいや。
- アニェス
- なります。
- アルノルフ
- 怒らん、怒らん、怒らんてば。なんだってそんなに隠し立てするんだ!いったい何を取られたんだ?
- アニェス
- あのかた・・・
- アルノルフ
- (傍白)地獄の苦しみだ。
- アニェス
- あなたにいただいたリボンを取られてしまいましたの。だって、どうしようもなかったんですもの。
- アルノルフ
- (ほっとして) リボンならいい。だが、わたしの知りたいのは、手に接吻(キス)されただけで済んだのかってことだ。
- アニェス
- あら、ほかにもなにかするんですの?
- アルノルフ
- いいや、しないとも。
-
- この手のお話って・・・
-
- 何百年も昔からあるんですね。
そうじゃな。
個人的に中年男アルノルフは、芸術家のサルバドール・ダリをイメージしておる。
- 二枚目ではないが、ブ男にはしたくなかった。
- 頭がおかしいと近所で噂されているのを⇒【風変わりな人物】と解釈したのが理由じゃ。
ところで、コントとコメディの違いを知っとるかね
コント(conte)はフランス語が語源。
-
- コメディ(Comedy)はギリシャ語を語源とした英語。
にゃ?
- 最後まで読んでくださってありがとうございました。
ところで・・・
お婆さんの正体は?
オラース 【第三幕 第四場のセリフ】
- こんな時にこそと、お婆さんを一人、手なずけておいたんです。全く人間わざとは思えないほどの手腕(うで)があって、実によく働いてくれたんですが、かわいそうに四日前、死んでしまったんです。
・・・やれやれですね。
世界文学全集 11 講談社
モリエール全集 2 中央公論社 |
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