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わがままおやじが、実の娘に愛想をつかされ見捨てられる。
リア王は、そんな父親の物語です。 |
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長女と次女に国を譲ったのち2人に裏切られ、事実上追い出されたリア王が、末娘の力を借りて2人と戦うも敗れてしまうお話です。 |
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ブリテンの王であるリアは、高齢のため退位するにあたり、国を3人の娘に分割し与えることにしました。 |
長女ゴネリルと次女リーガンは巧みに甘言を弄し父王を喜ばせますが、最も信頼していた末娘コーディーリアの実直な物言いに激怒したリアは末娘には何も与えず勘当し、コーディーリアをかばったケント伯も追放されます。
末娘は勘当された身でフランス王妃となり、ケントは風貌を変えてリアに再び仕えます。
リアは先の約束通り、2人の娘ゴネリルとリーガンを頼りますが、2人は引退したリアが訪ねてきても虐待(ぎゃくたい)した上に父を追い出します。2人の娘に裏切られ、忠臣ケントと道化だけを従えて大嵐の荒野をさまようリアは、次第に狂気にとりつかれ遂に発狂します。
このころフランス王に嫁いでいた末娘コーディーリアは、父リアを助けるため、フランス軍とともにドーバーに上陸、父との再会を果たします。
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ですがフランス軍は敗れ、リアとコーディーリアは敵方に捕えられ、捕虜となります。 |
ケントらの尽力でリアは助け出されますが、コーディーリアは獄中で殺されており、娘の遺体を抱いて現れたリアは悲しみに絶叫し世を去るのです。 |
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それではなぜ、長女ゴネリルは リアを裏切ったのでしょうか?
今後のことを長女と次女が相談する、第一幕 第一場のラスト。

彼女の視点で物語を見てみましょう。 |
ゴネリル
- ねえ、ちょっと話があるの、私たち二人にとってもだいじなことで。
- お前も気がついているだろう。お父様はお年のせいかたいへん気まぐれになられたってこと。よおく見ればひどいものよ。いままで妹がいちばんのお気に入りだったのに、どうお、見さかいもなしにおっぽり出してしまうなんて、正気の沙汰じゃないわ。
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リーガン
- もうろくしたのよ。もともとご自分のこととなるとさっぱりわからない人だったけれど。
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ゴネリル
- いちばん元気でしっかりしていたときでさえ無分別だったのに、これからさきどうなると思う?長年の凝り固まった性癖のうえに、ぼけてかんしゃくを起こすお年でしょう、どんなわがままに手を焼かされるかわかったものじゃないわ。
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リーガン
- 私たちも、ケントが追放されたように、いつ気まぐれな発作に襲われるか覚悟しなければ。
-
ゴネリル
- むこうでいまからフランス王と別れのあいさつをするところだわ。ねえ、おたがいに手を握ろうじゃないの。お父様にあんな気持ちで権威をふりまわされたら、権力を譲ってもらったことが、かえって迷惑だわ。
-
リーガン
- あとでよく考えましょうよ。
-
ゴネリル
- すぐになんとかしなければ、鉄は熱いうちによ。 (二人退場)
これに先立つ、冒頭の第一幕・第一場。末娘コーディーリアを追放しようとするリア王を、必死に止めるケント伯の場面を演じてみました。講師と生徒の共演です。
このリア王は、傲慢な性格のみスポットを当て、「高齢」であることは、あえて無視しました。
ご老体の演技にすると、生徒のいい点もなくなってしまうと考えたからです。
「高齢で傲慢な老人・リア」の演技は、プロでも簡単ではないでしょうからね。
リアは賢明な国王ではありません。人を見る目がなかったのです。それは冒頭の、自分を一番慕(した)っていた末娘への仕打ちを見れば明らかです。
第一幕 第三場〜第四場 ゴネリルとリアの関係が次第に悪化していきます。
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第三場
- ゴネリル
- お父様が私の家来をなぐったというのだね、
あの道化を叱っただけで?
- オズワルド
- そうなのです、奥方様。
- ゴネリル
- 朝から晩までひどいことをなさる、一時間ごとに
腹の立つことを次から次になさるものだから、
邸のなかは大騒動。
- もう私だってがまんできないわ。
お付きの騎士たちは乱暴をするし、お父様は
ささいなことでも私たちを叱りつける。
- お父様が狩りからお帰りになっても口をききませんからね、病気だと言ってちょうだい。
- おまえもいままでより
すげなく応対なさい。おとがめは私が引き受けるわ。
- オズワルド
- お帰りのようです、あの物音は。
奥で角笛の音。
- ゴネリル
- できるだけばかにした態度をとっておやり、
おまえたちみんな。それで文句を言ってくれば
こっちの思うつぼ、
- おいやなら妹のところへどうぞと追い出してやるわ。妹だって私と同じ気持のはず、いいようにいばらせてはおかないだろう。
- ほんと、しようのないおじいさん、いったん譲った権力を
いつまでもふりまわしたがるんだから。
- 年寄りって赤ん坊に帰るものね、甘やかしてだめになるなら、ときにはこっぴどく叱りつけるのも身のためだわ。
いま言いつけたこと、忘れないでね。
- オズワルド
- かしこまりました。
- ゴネリル
-
お付きの騎士たちも冷たくあしらうんだよ、
それでどうなろうとかまわないから。
- みんなにもそう伝えておくれ。それをきっかけに言いたいことを言う機会をつかみたい、いえ、つかんでみせる。妹に手紙を書いて私のまねをさせよう。さ、食事の用意を。
- (二人退場)
――中略――
第四場
ゴネリル登場。
リア
- おお、娘か、どうした?なぜ額に八の字を寄せる?近ごろおまえはむずかしい顔ばかりしておるようだな?
- 道化
- おまえさんもやさしいやつだったのになあ、娘のむずかしい顔など気にしないですんだころは。いまじゃあ掛け値なしのゼロだ、おれのほうがまだましだぜ、とにかくおれは阿呆ではあるが、おまえさんはなんにもなしだ。
(ゴネリルに) はいはい、口をつぐむよ。なんにも言われなくてもあんたのこわい顔を見ればすぐわかる。沈黙、沈黙と。
- ゴネリル
- この悪口御免の道化だけではありません。
お付きの家来たちはみんな無礼のしほうだい、
ことごとに文句をつけ、喧嘩をし、あげくのはては目にあまる乱暴狼藉、もうがまんができません。
一度はっきり申しあげて、きっぱり始末を
つけようかと思っていましたが、このごろの
おっしゃりよう、なさりようを見ておりますと、
すべてご承知のうえでかばい、そそのかしておられると思われてなりません。そうであれば世間の非難は
避けられませんよ、こちらとしてもなんらかの
処置が必要になります、国家の治安のために
お腹立ちを招くことにもなりましょう。それは
ほかの場合なら恥辱と責められても、この場合は
やむをえない処置として賢明とたたえられましょう。
- リア
- おまえはわしの娘か?
- ゴネリル
- ばかなことを。それより
りっぱな分別を働かせてください、あなたは
十分おもちのはず。そして近ごろお見受けする
ばかげた気分は捨ててください、そのために
本来のあなたとは人が変わったように見えます。
- リア
- わしを知っとるものはおるか?わしはリアではない、
だれでもいい、教えてくれ、わしはなにものだ?
わしは知りたいのだ、王としての威厳、
知識、理性から察すれば、わしには娘があったと
思いたいが、それはあやまりであったのか。
お名前を聞かせてはいただけないか、美しい奥方?
- ゴネリル
- そういうそらとぼけは、近ごろよくなさる
悪ふざけと同じもの。お願いです、私の言うことを誤解なさらずに聞いてください。あなたは人から尊敬されるお年なのですから、分別をもってください。
あなたが連れておいでの騎士や従者は百人にもなります、
それも乱暴、無法、無神経な人たちばかり、
おかげでこの邸はあの人たちの無作法に染まり、
まるで騒々しい宿屋です。酒と女に明け暮れて、
りっぱな宮殿と言うよりはいかがわしい居酒屋、
女郎屋といったありさまです。恥さらしはもう
たくさん、即刻改めなければなりません。ですからお願いします、お付きのものを少し減らしてください、
いやだとおっしゃってもこちらで勝手にそうします。
今後もあなたにお仕えするものは、あなたのお年にふさわしく、自分とあなたの身分の違いをわきまえたものに限ってください。
- リア
- おのれ、悪魔め!
馬に鞍をおけ、家来どもを呼び集めろ。ええい、
できそこないの私生児め、おまえの世話にはならぬ、わしにはもう一人娘がおるわい。
- ゴネリル
- あなたはこの家のものをなぐり散らし、お付きの乱暴者たちは目上のものを召使いあつかいするのです。
どうしようもない父親に愛想をつかした長女と次女。ただ、ゴネリルたちに共感できるのもここまで。この後の彼女たちは、悪女の道をまっしぐらに突き進みます。
ひとつ気になるのは、ゴネリルが本当のことを言っているかどうかです。
- リア
- (ゴネリルに) この欲深なトンビめ、おまえの言うことは嘘だ、
わしの家来は選り抜きのすぐれたものだけだ、臣下の務めは十二分に心得、なによりもまず おのれの名誉を重んずるものたちだ。
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リアの家来が乱暴で無礼だと証言しているのは、実はゴネリルだけなんです。この物語に登場したリアの家来や騎士たちは礼儀正しい者ばかり。乱暴者は見当たりません。
- もしもリアの言うことが本当で、ゴネリルが嘘をついているのだとしたら?
- ゴネリルとリーガン姉妹が相談した内容とは、もしかすると・・・。
- いろいろな見方のできる作品ですね。
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リア王から得られる教訓を、ザックリ ひとこと! |

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
【読み】
- 【解説】
- 人格者ほど謙虚であるというたとえ。稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ。
- リア王のセリフ
- 教えてくれ、頭を入れる家もなく、腹を満たす
食べものもなく、穴だらけのぼろをまとう身で、
このような嵐をどうやってしのぐのだ?ああ、
わしはいままで気づかなかった。いい薬だぞ、
栄華におごるやつ。みじめなものが味わう苦痛を
身をもって味わうがいい、そうすれば余分なものを
貧乏人にわけ与え、天の正義を示すようになるだろう。
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ペロー童話の「赤ずきん」と同じく、反面教師の教訓です。人間、傲慢(ごうまん)になるとろくなことになりませんね。私も気をつけます。

おごる平家は久しからず。
甘い言葉に人は弱いものです。これはどうしようもありません。だからこそ、いばったりせずに苦言にも耳を傾ける姿勢が大切なんでしょうね。
だけど甘言で騙されたり狙われるのは、偉い人やお金持ちでしょ?わたしたち貧乏人は大丈夫よ。カンケ―ないわ。
いえいえ、現在は貧乏人でも狙われます。代表的なのがリーマンショックの発端となったサブプライムローンです。気を付けましょう。 |
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「リア王」といえば・・・、塩? |
父が、三人の娘に自分をどれほど愛しているか尋ね、末娘が「料理に使う塩ほどに」と言ったため、怒った父が娘を追い出すというエピソードが、「リア王」と混同されて語られていますが…、シェイクスピアの「リア王」に、父への愛を塩に例えるくだりはありません。
そのお話は、グリム童話エーレンベルク稿と初版にのみ掲載され、第二版以降は削除された、「ネズミの皮の王女」だと思われます。
全文掲載させていただきます。
ネズミの皮の王女
エーレンベルク稿35
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昔のこと、娘が三人ある王がいたんですって。その王は、どの娘が自分のことをいちばん愛してくれているか知ろうとしたの。長女は、
「この王国のすべてよりもお父さまを愛しています」
と言い、次女は、
「世界じゅうの宝石や真珠よりも大切だわ」
そして三女は、
「私はお父さまを塩よりももっと愛しています」
と言ったものだから、王は、彼女が愛をそんなつまらんものと比べたと言ってとても怒って、召し使いに、森へ連れて行って殺してしまうようにと娘を渡してしまったの。でも、この召し使いは、こんなかわいい王女さまを殺したくなかったし、王女も彼に、
「どうぞ私にネズミの皮でできた服だけを持って来てちょうだい。そうするだけで私、自分で何とかできるから」
とたのんだの。
それで召し使いはその服を持って来て、彼女はその中に入って巻き付けた。そのあと男のかっこうをして、となりの国の王のところへ行って、彼の召し使いになったの。毎晩彼女は王の長ぐつを抜いてやらなければならなかったんだけど、王は彼女の頭にその長ぐつを投げるの。ある時、彼が彼女に、
「おまえはどこから来たのだ?」
と聞いたから、彼女は、
「長ぐつを頭に投げない国から参りました」
- と答えたんだって。
<途中原稿が欠けている>
それで王さまが、
「その指輪はどこから持って来たものか?」
と聞いて、ネズミ皮は王さまの前に連れて行かれてしまったの。でもその時は彼女は自分のドレスを着ていて、金色の髪もたっぷりと束ねてあり、その彼女のあまりの美しさに王は目がくらむほどだったそうよ。
そうして彼は彼女に歩み寄って彼女の頭に王冠をのせて、彼女は王の奥さまになったの。
結婚式の日、彼女の父親が招待されたのだけど、彼は自分の娘に気付かなかったわけ。彼の前に並んでいた食卓のごちそうは、どれも塩気が抜かれていて、彼は機嫌が悪くなって、こう言ったの。
「わしはこのような食事を食べなければいけないのなら、生きていない方がましだ」
そこへ王妃が進み出て、彼は気づき、そうして彼女が言ったことを思い出したんだって。
――口伝え――筆跡ヴィルヘルム
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- グリム童話エーレンベルク稿とは
初版以前の【草稿】です。グリム童話は最終的に第七版まで改稿されていますが、その第一稿【草稿】は長年、行方不明になっていました。それが決定稿と呼ばれる第7版(1857年)が発行され、グリム兄弟が死去してから30年後の1893年、エーレンベルクの修道院の書庫で偶然発見。【1924年初刊行】されたことから、そう呼称されるようになったのです。
原稿が欠けている箇所から後半を、初版グリム童話【1812年】より抜粋いたします。
- 「人の頭に長靴を投げつけたりしない国から」
それから王さまは気をつけるようになりました。そうこうするうちに、ほかの召し使いたちが王さまのところへ指輪を持ってきて、これはねずみの皮がなくしたもので、たいへん高価な指輪です、きっとどこかで盗んだものにちがいありません、と言いました。
王さまはねずみの皮を呼びつけると、この指輪をどこで手に入れたのか、聞きました。そこでねずみの皮はこれ以上隠していることができなくなって、ねずみの皮を脱ぐと、金色の髪があふれ出ました。そしてたいへん美しい娘があらわれました。ほんとうに美しかったので、王さまはすぐに頭の王冠を取ると、娘にかぶせました。そして、娘を妻にする、と宣言しました。
結婚式にはねずみの皮の父親も招かれました。父親は、娘はとっくに死んだものと思っていました。それで自分の娘だとはわかりませんでした。
父親の前のテーブルにはごちそうが運ばれましたが、どれにも塩が入れられていませんでした。そこで父親は腹を立てて、
「こんな料理を食べるくらいなら死んだほうがましだ!」
と言いました。父親がそう口にすると、お妃が言いました。
「塩がなければ生きてるのもいやだなんて、今さらよくも言えたものですね。塩よりもあなたを愛しています、と言ったといって、私を殺すように命じたのに!」
そこで父親は、お妃が自分の娘であることに気づいて、キスをして許しをこいました。自分の王国や世界じゅうの宝石よりも、自分の娘にいま一度逢えたことのほうが、父親はうれしく思いました。
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グリム童話は、古くから伝わる民話を集めた童話集。ですから「塩よりも大事」な昔話は、ヨーロッパ各地の民話から見つかります。
シェイクスピアのリア王と混同されたのは、「コーデリアの塩」というお芝居が日本で上演され、父親の名が、リア王だったことも原因かもしれません。 |
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リア王 岩波書店
リア王 新潮文庫
リア王 改訳版 岩波文庫
シェイクスピア全集 リア王 白水社
【初版以前】グリム・メルヘン集 東洋書林
ドイツ・ロマン派全集第15巻 国書刊行会
初版グリム童話集 白水社 |
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