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アンデルセン、ゲーテ、ブレヒト
文学の泉
「文学の泉」へようこそ。
おねえさんと仲良く、ブンガクしましょうね。
某国の王子です。
今日はおねえさんとブンガクが学べるんでうれしいです。よろしくお願いします。
きゃ〜かわいい王子さまぁ、おねえさんたちといっぱいブンガクしようねぇ。
  • (な・・・。この人たちどこから)


・・・あ、やさしくしてね・・・。
  • (王子様もなに喜んでんのよ。おやつあげないわよ)
アンデルセン

アンデルセンは、もてなかった。
え・・・!
アンデルセンは、生涯独身を通しました。彼の人生は失恋の連続だったのです。

1830年の5月初めから、8月末にかけ、アンデルセンは旅をしました。
この旅でアンデルセンは初恋を体験するのです。
アンデルセンは25歳になるまで、恋愛したことはありませんでした。自分のことを考えるだけで頭がいっぱいで、他の人のことを考える余裕はなかったからです。
8月上旬、かつての級友クリスチャン・ヴォイクトを訪ねたところ、長女のリボアがアンデルセンの本をはにかみながら褒めました。
アンデルセンはリボアに恋心をおぼえ、彼女に婚約者のあることを知った後も、あきらめかねてせつない愛情を訴え続けました。

でも、結局リボアは、さよならを告げる一葉の手紙を残して去っていったのです。
アンデルセンはリボアの別れの手紙を小さい革ぶくろに入れて、終生首にかけていたそうです。
リボアのほうでも、アンデルセンが摘んでくれた花の小さい束を、彼からささげられた詩とともに、結婚後も大切に保存していました。それはいまもオーデンセのアンデルセン博物館に陳列されています。
失恋の苦しみを慰めてくれたのは、コリン一家の末娘ルイーゼでした。
アンデルセンはルイーゼに逐一話して慰めを求め、ルイーゼも兄妹のように接しました。それでおのずとそれ以上の気持ちを抱くようになったのです。
しかしルイーゼにはW・リンドという青年弁護士が約束されていたので、ルイーゼからはなんの反響もなく、1833年に彼女とリンドとの婚約が発表されました。
1840年、スウェーデンのうぐいすとうたわれた20歳の歌姫イェニー・リンドがコペンハーゲンにきて、アンデルセンのホテルに泊まり2人は知り合いました。

アンデルセンはリンドに燃える思いをよせました。「よなきうぐいす」(25番)と「みにくいあひるの子」(27番)。この二つの名作はリンドにささげられたのです。

アンデルセンは彼女に毎日のように会い、幸福感と希望に満ちた気持ちになりました。
しかしリンドはその折、晩餐会の席で彼を兄と呼んで乾杯しました。それは、思いやりを込めて、彼の妻にはならないことをそれとなく言ったものと考えられます。
アンデルセンはその時点であきらめるべきだったのかもしれません。
しかし、その年の晩秋からリンドがベルリンで出演すると聞いて彼も12月下旬、ベルリンに赴(おもむ)いたのです。

アンデルセンは、貴族や名士から厚遇されながら、リンドからはにがい幻滅を味わわされました。

アンデルセンはリンドと一緒にクリスマスイブを過ごせると思い込んで、他の招待をことわってまっていました。しかし彼女からの招待は来ませんでした。

彼はひとりホテルで星空を見上げ、これが自分のクリスマスツリーだ、と寂しく思いました。

そのやるせなさを翌日リンドにぶつけると、彼女は「あなたは王子や王女のところにいらっしゃるのだ、と思いました」と言ったのです。

こうして二人のすれ違いは明らかになりました。
結局リンドは、15歳年上の大作家アンデルセンとではなく、九つ年下のピアニストと1852年に結婚したのです。
もともとアンデルセンの恋した人は、婚約者があったり、身分や年齢がかけ離れていたりして、希望のない片思いでした。
物理学者エアステッドの次女ソフィーに思いを寄せたものの、富と年齢が違いすぎました。
スウェーデン旅行中、パルク伯爵の次女マティルドに慕情を寄せました。35歳の彼は「たっぷりお金がありさえすれば、この年になっても恋をするのだが」と書いています。お金や身分だけでなく、年も17もかけ離れていました。
このようにアンデルセンは配偶者を求め続けましたが、その点では恵み深い神様も、よいようには計らっては下さいませんでした。
童話は彼の名声を高めました。勲章は内外から贈られました。年金は増額され、枢密顧問官の称号も授けられました。
でも、生活を共にする伴侶(はんりょ)はなく、ホテルか下宿住まいで、住み続けた我が家はありませんでした。

1870年(アンデルセンが永眠する5年前)には最後の小説「幸せもののピーア」を出しました。
貧しいが音楽の才能に恵まれたピーア少年は、歌手として人気を博し、舞台上で万雷の拍手を浴び、花束の雨をそそがれていく瞬間に、心臓発作で死んでしまいます。
アンデルセン自身、神の恵みに感謝し、栄光の中でピーアのように死にたいと願っていたのかもしれません。
わたしのお話は、ひとまずここで終了させていただきます。

なかなかやるわね。負けられませんね。

アンデルセンの童話は、めでたしで終わらない!
アンデルセン
  • えっ!どういうこと?
ウラジミール・プロップ「昔話の形態学」によると、本来のメルヘンはめでたく終わるのが常道です。つまり「世の中はこうあってほしい」という人々の素朴な願いに応えているはずのものなのです。
ところが、アンデルセンのメルヘンは必ずしもめでたくは終わっていません。
「しっかり者の錫(すず)の兵隊」は、最後にストーブの中にほうりこまれて溶けてしまいますし、「人魚姫」も王子さまとは結婚できなくて、海の泡となって消えていきます。
それはアンデルセンの生い立ちがかかわっているのかも知れません。
アンデルセンのお母さんは、子供のころ両親から、物ごいしてきなさいと、往来にかり出され、一日じゅう橋の下で泣いていたという思い出をアンデルセンに語って聞かせたといいます。
「マッチ売りの少女」は、その母の話にもとづいているのです。
アンデルセンは暗い幼少年時代を送りました。17歳のころは着の身着のままの浮浪児でいじめにも遭いました。でも、それに滅入らず、明るく楽しく生きようとしました。野草のような強さには心を打たれます。
めでたしで終わっている「みにくいあひるの子」はアンデルセン自身の物語だと言われています。
アンデルセンは美男子とはいえませんでした。「外国から来たオランウータン」などとひどいことを言われたそうです。そういう劣等感が「みにくいあひるの子」に現れているといわれています。
アンデルセンは浮浪児の逆境で、いくどか自殺を思ったそうです。下済みの劣等感をはねのけて、有名になりたいと、ひたむきに考えたそうです。
つとめて明るく生き、神への感謝を忘れず、友人も多かったアンデルセンですが、彼の作品は悲しいお話にあふれているんですね。
ゲーテ、ファウスト
ドイツ文学を代表する作家は、なんといってもゲーテでしょう。
「ファウスト」はゲーテが生涯を費やした作品です。20代で取り掛かり、完成したのは死ぬ一年前、81歳の時でした。(1831年)。ゲーテを代表する作品といえます。
「ファウスト伝説」なるものがあります。
悪魔と契約して魂を売り渡すかわりに地上の楽園を手に入れたという「ファウスト伝説」は、中世このかたドイツでは、いろんなかたちで語られてきました。
悪魔との契約はともかく、魔術師ファウスト博士なる人物が実在したことは事実です。
古い文書によりますと、「かつてあったなかで、もっとも完璧な錬金術師」などと称されています。ゲーテは若いころからこの伝説の人物に関心があったようです。
ゲーテはひろく流布したファウスト伝説を下敷きにして「ファウスト」を書きあげました。

ゲーテの「ファウスト」は、神と悪魔とのあいだにある人間のたゆまぬ努力と救いを描いた悲劇で、二部からなっています。
あらすじは、こうです。
主人公のファウストは60年間ありとあらゆる学問を底の底まで研究しましたが、なにがこの世界を奥の奥で支配しているのか、ということはとうとう分かりませんでした。
けれども、人類に全体として分け与えられているはずのものを、喜びも悲しみも悩みも、すべて我が身ひとつに受けて味わったなら、人生とは何か、ということがきっとわかる。

そこでファウストは、メフィスト(悪魔)と契約を結び、この世にいるあいだはメフィストがファウストにあごで使われますが、あの世に行ったら逆にファウストがこき使われること、この世に満足を感じた時が最後であること、を約束します。
それからファウストは薬を飲んで若返り、あらゆる快楽をむさぼりますが、心は静まらず、ファウスト最愛の女性グレートヒェンは罪を犯して捕えられ牢屋で死んでいく悲劇に見舞われます。
以上が第一部です。
ファウストが愛する女性は、グレートヒェンとマルガレーテの2つの表記がありますが同一人物です。原語表記(赤部分)をみてください。
グレートヒェン【Gretchen】 
マルガレーテ【Margarethe】
また、「ヘンゼルとグレーテル」の グレーテル【Gretel】という名は、マルガレーテ(「花の子」のようなグレーテ) から来ています。

第二部でメフィストは男の事業欲をかなえてやりますが、ファウストはそれにも満足しきれません。

最後に海の干拓という、共同体に奉仕する仕事に力を尽くしているとき、ファウストは心の底から満足を感じ、瞬間に向かって「止まれ、おまえはいかにも美しいから」と叫びます。
しめたとばかり、メフィストはファウストの魂をさらっていこうとしますが、天使たちがあらわれて、「だれでもたえず努力している者は、われらが救うことができる」と語り、ファウストの不死の霊を天上へ運んでいきます。
これが第二部です。
第二部に、紙幣を増発し宮廷の財政難を切り抜けるくだりがあります。これは実際にあった事件、「ジョン・ロー事件」をモデルにしたといわれています。ゲーテはジョン・ローをメフィストに換えて劇にとりこみました。
ジョン・ロー事件とは、現在でいう【バブル経済】のことです。1719年、ジョン・ローは赤字にあえいでいた国家財政を一挙に清算すると申し出て、翌年、財務総監に任命されます。フランスは空前の好景気に沸きましたが、バブルは崩壊し、フランス全土が恐慌に陥り、後のフランス大革命の遠因となった事件ともいわれています。

ゲーテが活躍したのは18世紀の後半で、ドイツ文学史の上では、古典主義の時代と呼ばれています。

「考える人間のもっとも素晴らしい幸福は、探求しうるものを探求して、探求しえないものをしずかに敬うことである」というゲーテの言葉が、人間の限界にとどまろうとするこの時代の世界観の特徴をよく示しています。

この限界をふみ越え、空想を解き放って、世界の意味を自由に思索しようとしたのが、ロマン主義です。
ロマン主義と、人間を超える次元に自由に出入りするメルヘンには、確かに通ずるところがあるといえるでしょう。

ありゃ、やられた。ファウストやりたかったのに。
  • ならばアンチメルヘンつながりで。
ブレヒト
話がめでたく終わらないメルヘン、アンチ・メルヘンの傾向は、20世紀の文学を見渡してみると、よく目につきます。

ブレヒトもそのひとりです。
ブレヒトという人は自分の文学を展開させるのに、先人の作品なり、モチーフを逆手にとって、自分の作品を作り上げることの多い人ですが、グリム童話「貧乏人と金持ち」(KHM87)の逆手ではないかと思われるのが「セチュアンの善人」(1940年)というドラマです。
「セチュアンの善人」というのは、善人であろうとしても、冷酷でなければ、この世は生きていけない、という矛盾を描いた十幕のドラマです。
この世の中には善人が少なくなった、善人のまま生きていくのは難しい、という噂が天に届いたので、天の神様たちが善人を探しにこの世に降りてくるところから話が始まります。
神様たちはセチュアンの町で一夜の宿を求めますが、泊めようという者はひとりもいません。最後に娼婦のシェン・テがお客を断って泊めてくれます。

神様は次の朝、出がけに大金を置いていきます。
その金でシェン・テはタバコ屋を開き、神様の言いつけに従って、たくさん善いことをしようとします。
ところが噂を聞きつけた親せきや身寄りの人たちが居候に押しかけてきて、店はたちまちつぶれかかります。
すると、シェン・テの従兄弟と称する男があらわれて、居候どもを追い出し、冷酷なやり方で店をたて直して、姿を消します。

この従兄弟というのは、実はシェン・テその人なのです。
最後のところで、シェン・テは神様に向かって、「ああ、あなた方の世界は本当にむずかしい。苦しみと絶望が多すぎます。
困っている人に手を差し伸べると、その手がもぎ取られてしまいます。
だめになった人を助けると、自分がだめになってしまいます。
肉を食べなければ死んでしまうとしたら、だれがいつまでも悪い人間にならずにいられましょう。
入り用な物をどこから取ってきたらいいのでしょうか。自分のなかから取り出すよりほかありません。でも、そうすれば自分が死んでしまいます。
善い目論見(もくろみ)は重い荷物となって、わたくしを地面へ押し倒します。
でも悪いことをすれば、わたしは威張って歩けるし、うまい肉が食べられます。

あなた方の世界はどこかが間違っています。

どうして悪い人間がほうびをもらい、善い人間に厳しい罰が下されるのでしょうか」と訴えるのです。
「セチュアンの善人」は、このようなせりふで終わります。
「お客様、お腹立ちになりませんように。
わたしらにもわかっちゃいるんです、こいつがまっとうな結末じゃないってことは。
どうしたら解決できましょうかね?
人間が変わったらいいんですかね?それとも世の中が変わったら?
きっと神様だけが変わったらね?それとも神様なんていらないのかな?

みなさんご自身、この場でお考え下さるといいんですがね
どうやったら、善人に終わりを全うさせてやれるかってことをね。
さ、どうか、みなさん、ご自分で結末を探してみて下さい!
きっといい結末があると思います、あるはずなんです、きっと!」
ところで、先述したグリム童話「貧乏人と金持ち」は、よく似ていますがまったく反対のお話です。
神様を家に泊めた貧しい人が幸せになったのを知った金持ちは、昨夜泊めるのを断った旅人が神様だったと気づき大あわてで神様を追いかけ、「帰りには手前どもに泊まってください」と頼み込み、神様から三つの願いを授けてもらうのですが、このうえなく素晴らしいことを願おうと考えているうちに、ついつまらないことを口走ってしまい、結局、骨折り損のくたびれもうけとなり、神様を泊めた貧しい人は、楽しくおだやかに暮らして、幸せに天国に行けるお話です。

ですからブレヒトは、「セチュアンの善人」で逆を行っているわけです。
ブレヒトの文学については、「叙事的演劇」とか、「異化作用」ということが言われていますが、ブレヒトの描き方をみると、単に否定的文学というだけではありません。
世の中はこうあってほしい、という願いを満たしてはいないけれども、そうすることによって逆に、人々の心にその願いを呼び覚まそうとするがブレヒトの作品には込められています。
フィルムのネガのようなものといえるでしょう。明らかに今ある社会の矛盾や問題を観客に気づいてもらおう、とブレヒトは考えているわけです。なお、「叙事的演劇」とか「異化作用」というのは、こうした手法をさしています。
ウルトラセブンの「ノンマルトの使者」「狙われた街」「円盤が来た」「超兵器R1号」。帰ってきたウルトラマン「怪獣使いと少年」なども、ブレヒト的だといえるでしょうね。

おしまいです♪すてきな王様になってくださいね。

みんな大変なんだね。・・・ぼく善い王様になるよ。

だけど、のちに王子さまは魔王となりました。

ダースベーダーの人生みたいですね。なかなか思い通りにいかないのが世の中なのかもしれません。
  • あたしたちの願いとは違っちゃいましたね・・・。これが、ブンガク(フォース)の暗黒面なんでしょうか?
  • ちがうと思う。
  • ・・・王子さま。
<参考文献>
グリム兄弟とアンデルセン 東京書籍
ファウスト 角川文庫
ファウスト 集英社文庫
もっと知りたいグリム童話 筑摩書房
本当にあった?グリム童話「お菓子の家」発掘 現代書館
ブレヒト戯曲選集 第3巻 白水社

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